クリスティアーノ・ロナウド ~異次元のシュートセンス~
私がサッカーにはまったとき、彼はすでに白い巨人の一員であった。
マンチェスター・ユナイテッドから8000万ポンドでやってきたこのFWは、移籍後1年目にして23ゴールを奪った。常に成績を出し続け、ユベントスに移籍するまでの9年間で292試合出場し311ゴールという驚異的な得点数を誇った。
またロナウドは世界最高の選手の一人である、リオネル・メッシと年間最優秀選手を決めるFIFAバロンドールをめぐって長年争っている。2008年ロナウドが初めてバロンドールを受賞した。しかし翌年の2009年から2012年までの4年間バロンドールを受賞したのはメッシだった。彼の自尊心は大いに傷ついたに違いない。
そうして2013年ロナウドにとって2度目のバロンドール受賞がようやく訪れた。彼は、授賞式のスピーチで涙を流しながら「自分にかかわるすべての人に感謝します。妻、友人、そして息子にそしてすべての人にありがとうという言葉しかありません」と語った。涙を流すほど、彼がいかにこの世界一のフットボーラーという称号を手に入れたかったかわかるだろう。
EURO
2004年ポルトガル代表は名将フェリペ・スコラーリ監督に率いられEURO決勝まで進出した。当時のポルトガルは、ルイス・フィーゴやデコ、ルイ・コスタそして若き日のロナウドを有するヨーロッパの強豪国であった。しかしギリシャ代表ハリステアスにゴールを決められ、惜しくも敗れてしまった。若き日のロナウドがピッチ上で涙を流したのは記憶に新しい。
それから12年後のEURO2016で再びロナウドは再び決勝の舞台に舞い戻った。この大会でのポルトガルの出来は決して良くはなかった。しかしエースとして成長したロナウドを中心に粘りずよく戦い順調に勝ち進んだ。決勝の相手はアントワーヌ・グリーズマン擁する優勝候補筆頭のフランスであった。
しかしここで悲劇が訪れる。前半8分パイエにタックルを受けロナウドが足を負傷さたのだ。それから前半25分に交代するまでの17分間彼は、必死にプレーした。リカルド・クアレスマと交代する際にロナウドが流した涙を忘れることはできない。
ポルトガル代表はこのロナウドの負傷を機に奮闘しエデルのゴールが決勝点となり、優勝した。2004年の借りを返し優勝トロフィーを掲げたのはロナウドであった。
彼のすごいところは、なんといってもそのシュートセンスである。年を取るごとに、ワンタッチゴーラーとしてその質を高めることで、味方からのパスを確実にゴールするセンスがある。さらに並外れた運動神経のおかげで、ドリブルや相手との競り合い、スピード、俊敏性を高いレベルで維持することができる。
ヘディングからのゴールも多く、ガレス・ベイルや、マルセロ、アンヘル・ディ・マリアらのクロスから多くの得点を記録した。ロナウドは、まさにフィニッシュに特化した選手といえるのではないだろうか。
現在ロナウドはユベントスに移籍してしまい、もう白いユニフォームに身を包む姿は見れないかもしれない。しかし今、間違いなく歴代最高のフットボーラーの一員であるこの選手を生で見れることは幸せである。